ヘルプマーク 正当性と社会的強弱の逆転

ヘルプマーク 正当性と社会的強弱の逆転

 

今日はほぼ外に出ずに過ごしましたよこんにちは!

 

こんな休日もったいないと言われたりもしますが、私はこれが一番休まりますのでこれで良いんです。

 

休日に多くの刺激を受けると疲れちゃうんですよね。

心地いい刺激だけ受けれれば良いんでしょうが、そんなのって実は少なくないですか?

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私事でした。

 

 


闘病女性が普及活動に取り組む「ヘルプマーク」

 

ヘルプマークは6年前、東京都が初めて考案したもので、外見からはわかりにくい障害や病気の人、義足や妊娠初期の人などが身につけ、電車で席を譲ってもらうなど、周囲に理解と支援を求める全国共通のマークです。

(中略)

「私自身が血液病を患っているけれど、外から見ると分かりにくい。『少し助けてほしい』『席が譲れない』ことを意思表示するためのマーク」

(中略)

「(マークを見たら)『何か助けが必要かな』と気にかけてほしい」

 ヘルプマークをもっと多くの人たちに知ってほしい。その思いを胸に、彼女はかけがえのない毎日を生きています。(11日15:58)

 

なるほど。

優先席とか譲り合い駐車スペースとかに似たアレですか。

 

確かに弱者には優しくしなければいけません。

誰だって弱者になりうるんです。

自分の為ににも弱者にやさしい社会であるべきです。

そうやって望ましい社会を形作っていくべきなんです。

 

 

でも私、こういう記事を見るとたまに思います。

 

例えば、生活に困りダブルワークをこなしてへとへとの帰り道で電車に乗り、ヘルプマークをバッグに吊り下げた婦人が前の前に立った時、どちらが弱者なんでしょうね。

 

今にも眠ってしまいそうな朦朧(もうろう)とした頭で一瞬考えるでしょう。

そして善良な人ほど席を立って婦人に席を譲るんです。

 

あまりに辛かったら譲らない選択もありえますし、その際もたぶん婦人は声に出して責めたりはしないでしょう。

意思表示はしているのだから、それを見ても譲ってくれないのならそれはしょうがないと嘆(なげ)きつつ納得するんでしょう。

瞬間的に助けが欲しいとか、余裕の無い時というのは意外とたくさんあるでしょうから。

 

当人同士はそれでいいですが周囲はそうもいかないですよね。

 

見た目で人の辛さなんてわからない。

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でもヘルプマークを付けてる人には席を無条件に席を譲るべきだという同調圧力が働きます。

この記事の人が言う”広めたい”はそういう事ですもんね。

 

これによってダブルワークの人は社会通念的に悪い事をしているワケでもないのに居づらさやストレスを受ける。

 

これってちょっとズルくないですかね?

 

ダブルワークの人は婦人より前に電車に乗り込んで早い者勝ちの席を獲得してるんですよ。

それを後から来た婦人に席を譲らないと悪者になってしまうんです。

 

もしかしたらその婦人は一駅で降りるかもしれない。

そもそもダブルワークの人だって障害があるけどもヘルプマークを持ってないだけなのかも知れない。

 

でもそんなことはお構いなしで、ヘルプマークを持っている人には席をゆずり、優先的にサービスを受けさせるべきであると、この瞬間はなってしまうんです。

 

目的はそうじゃないとしても現実にはそうなります。

積極的に世間に広めるというのはそういう行為です。

 

優しく善良な皆様も考えてみてくださいね。

ヘルプマークを持っている人には、自分がどんなに理不尽だと思っても社会通念的に相当であれば圧力を受ける状況になりつつあるということに。

 

 

そもそも本当に立ち続けるのが困難な障害を持つかどうかを保証するモノなのでしょうか。

 

調べるとこのヘルプマークというのは障碍者手帳の提出さえほとんどの自治体で不要。

郵送でも受け取れます。

健常者でも付けれるんです。

 

これらのことから、最初に書いた優先席や譲りあいスペース、今回のヘルプマークも、正当性の見える化と、同時に正当な断り方が必要だと思うんです。

 

必要な人に席を譲るのも構いませんし、むしろ人助けが嫌いなタチじゃないんです。

 

でも、それを出しただけで優遇するという特権には正当性が必要だと思いませんか?

それなりの条件下で得たマークであるとか、同時に、 ”今は私も辛いんです” みたいな ”ごめんだけど余裕ない” 的なカードを配布するべきですよね。

 

それでこそ本当の”ゆずりあい”だと思うんですよ。

 

このまま際限なく広まれば”ゆずりあいの強要”だと思うんですね。

 

 

 

障碍者手帳の交付を受ける方々は、自分以外の多くの人の健康保険料で今の金額で医療を受けている事は事実。

 

であれば、”私たちは優先されるべき”と声を大にして主張するのは、大きな危険を内包してる認識を持たれたほうが賢いと思います。

その行為は精神的マウントになりやすいですし、そんなふうに続けていれば善良な人からすら反感を買うこともあると思うんです。

 

誰かが矢面に立って積極的に認知を求めるのではなくて、自然と広まるのを待つのが結果的には良心的で平和に受け取めてもらえる方法だと思いますよ。

 

 

 

最後に誤解なきよう書いておきますが、こんな活動はうっとうしいとか、活動を萎縮させる目的でこの記事を書いたわけでは無い事をご理解いただきますようお願いします。

弱者が助けを求めているつもりなのが、いつの間にか加害者になって健常者に嫌悪感を植え付けて、結果的に自分たちの首を絞めることになったらあまりにも悲しいし寂しいじゃないですか。

 

 

 

 


 

またしてもフェミニンな人とかダイバーシティな人達にお叱りを受ける記事になってしまいました。

 

しかし正直な感想ですし、たぶん時間がたっても意見は変わらないと感じています。

 

あっさり変わったらしっかり謝罪させてもらいますね。

 

 

 

今回はここまでとします。

 

 

では。

 

 

 

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